美術館は視覚情報で埋め尽くされているといわれます。
そのため、美術館も視覚に障害のある当事者の方、双方にとって、なんとなく近寄り難い雰囲気があります。
しかし、美術館が視覚情報の集まりであるならば、美術館の外も、美術館までの道のりも、社会のすべてが視覚情報の集まりです。
決して、美術館だけが視覚情報の集まりではありません。
この記事を読むと
- ”みる”とはどういうことなのか。
- 視覚に障害のある方は美術館を楽しめないのか。
について知ることができます。
星空の下で
ダイアログ・イン・ザ・ダーク。それは照度ゼロの真っ暗な暗闇の中で目以外でものを見ることを体験するソーシャル・エンターテイメント。ドイツの哲学者アンドレアス・ハイネッケが開発し、志村慎介氏によって日本に持ち込まれました。暗闇をアテンドしてくれるのは、暗闇のプロフェッショナルである視覚障害者。2021年一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事の志村季世恵氏から素敵なお話しを聞かせて頂きました。
ダイアログ・イン・ザ・ダークのアテンドスタッフであるTさんは、目が見えません。そのTさんが旅先で体験した、星空のお話しです。
その町は、お店がたった1軒しかなく、高い建物もないフランスの田舎町。
でも、そのおかげで、夜になると満天の星空に包まれます。
地平線が見える場所だったのかもしれません。その夜、Tさんと友人たちは、星を見に行くことにしました。
そこに着くと、目の見える友人が、空を仰ぎ歓声をあげます。
Tさんも同じように空を仰ぎ、星空を感じます。
友人の一人は「わぁ!なんてすごい星の数。空の高いところだけじゃなく下の方にもたくさんの星がある!」
そして、別の友人は「満天の星で息ができない」、と声をつまらせます。
Tさんは、友人たちのその感情に共鳴したのでしょう。
同じように、息ができないほど星を感じたといいます。彼女は、一緒に星空を眺め、そして感動し、私たちにも美しい星空の話を聞かせてくれるのです。
2021年12月 東京・竹芝
ダイアローグ・ミュージアム 「対話の森」 にて
”みる”ということ
視覚に障害のある方はも「見てきた」、「見に行く」という表現をよく使われます。
「みる」という行為は、光や形を捉えるだけでなく、それらを記憶に結びつけたり、意味付けしたりと、実に複雑な機能の組み合わせで成り立っています。
そのため、事故や病気で視力を失われた方は、光や形の感じ方、視力、見える範囲、色の感じ方は、人によって違いがあります。そして、近年の脳科学の研究では、「みる・みえる」ということが、視神経だけでなく、脳機能とも深く関わっていることがわかってきています。
視覚障害者の中で全盲(視覚障害1級相当)の方は、全視覚障害者の約36% であり、それ以外の方は制約があっても、光や色、形を感じ取ることができます。そして約34% の方は、病気やケガなどによる中途障害であり、美術や映画など視覚情報の愛好家も多くいらっしゃいます。平成29年の文化庁の調査 によれば視覚障害者の57%近くの人は1年以内に美術、映画、名所旧跡などを直接鑑賞しています。
「視覚障害者だから見ることはできない」と決めつけることは、当事者の尊厳を傷つけてしまう場合があります。
ダイアログ・イン・ザ・ダークを日本に持ち込んだ、志村慎介氏は「こそ」という魔法のことば発明しました。
見えないから、ではなく、見えないからこそできることがある。
聞こえないから、ではなく、聞こえないからこそできることがある。
たった2文字が、ネガティブをポジティブに変えてしまう魔法のことば。
いいことばですね😄
さあ、見える人も、見えない人も、
まぶたを閉じてみてみよう。
<参考文献>
- 金子 健/著 「脳科学と視覚障害」
国立特別支援教育総合研究所研究紀要 第37巻 2010年 - 伊藤亜紗/著『目の見えない人は世界をどう見ているのか』p.211 光文社新書 2018年
- 藤田一郎/著『「見る」とはどういうことか』科学同人社 2012年
- メルヴィン・グッデイル、デイヴィッド・ルミナー/著『もうひとつの視覚』新曜社 2008年
- 川内有緒/著『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』集英社インターナショナル2021年
- 志村慎介/著『暗闇から世界が変わる ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの挑戦』講談社 2015年