障害のある方には特別の配慮が必要です。
しかし、常にそうとは限りません。
特別な対応が差別となってしまうケースもあるようです。
「特別」な接し方っていいことじゃないの?
日本では、「特別」は「親切」や「高級」な意味として使われることが多いですね。
でも、「特別」が「普通ではない」こと認識され、それが差別に繋がるという指摘も増えてきました。
「モナ・リザ」スプレー事件
1974年4月20日、東京国立博物館で「モナ・リザ展」が開会しました。
開会の初日、一人の女性がモナ・リザに向け、隠し持ったスプレー缶を噴射します。
防弾ガラスに守られたモナ・リザは無傷でしたが、女性はすぐに警備員に取り押さえられ、逮捕、起訴されました[i]。
女性の名前は米津和子、ポリオの後遺症で右足に補装具を装着していました。
「モナ・リザ展」は開会前からメディアでも大きく取り上げられ、会場は大混雑が見込まれます。
そこで、開会8日前の4月12日、文化庁は「混雑で危険なため、付き添いを要する障害者、老人、乳幼児連れの人たちの入場を断る」という方針を発表しました。
当然、障害当事者、支援団体は強く反発し抗議が殺到。
文化庁は慌ててその3日後「5月10日を無料で入場できる『障害者デー』に設定した」と発表します。
つまり文化庁は、障害者への「特別な配慮」を示すことで事態の沈静化を図ったわけです。
米津の行動は、こうした文化庁の「特別な配慮」という名の差別に対するもの[ii]だったと言われています。
※モナ・リザスプレー事件について詳しく知りたい方は、荒井裕樹先生執筆の記事をご覧ください。
https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-231-22-04-g688
感動ポルノ
オーストラリアのジャーナリストであり教員でもあったステラ・ヤング(Stella Jane Young 1982-2014)は、先天性の骨形成不全症によって四肢に障害がありました。
ヤングは障害者に感動を求め、モノのように特別視する動向を「Inspiration porn(感動ポルノ)」と名付け批判しました[iii]。
ヤングは言います。
障害そのものは不幸なことではなく、克服すべき課題でもない。障害者がスポーツをしたり、大学に進学したりすることは、自己の能力を最大限発揮しようとしているに過ぎず、その意味で何ら健常者と変わることはない。
健常者と同じ努力をしているだけにも関わらず、障害者があたかも、偉業を成し遂げたかの如くメディアが描く行為は、障害者をモノとして扱っているのに等しい。
そして、ヤングが理想とする社会は、障害があっても特別視されず、普通にみられる社会だと主張しました。
文化庁の対応
米津とヤングに共通する視点は「特別」が「普通ではない」ことを意味しそれが、差別に繋がるという指摘です。
厚生労働省の調査[iv]によれば「特別扱いではなく普通の人としてさりげなく接して」という意見は、57.1%に及びます。
平成元年、文化庁は博物館を対象に実施したアンケート調査[v]で「これまでに、障害のある⽅の鑑賞機会の拡⼤に向けた企画展・常設展等の展⽰活動を実施したことはありますか」という問いを設けています。
この問いに対し、約70%美術館は「実施も計画もない」と回答しました。
文化庁は、調査の目的について「平成31年、障害者による⽂化芸術活動の推進に向け『障害者による⽂化芸術活動の推進に関する基本的な計画』を策定した。今後、具体的な⽬標やその達成時期等について検討を行う必要があるため、実態把握について調査研究等を進めていく必要がある」としています。
設問全体の文脈は「美術館の合理的配慮の提供は不十分であり、文化庁が主導してこれを指摘し、改善する」ことであり、その責任を美術館だけに求めています。
多くの美術館が「実施も計画もないと」回答した理由までは不明です。
予算や人的リソース、経験などがその要因になったかもしれません。
ただ、50年前に「モナ・リザスプレー事件」を経験したことが理由のひとつになっているとすれば、この回答率はむしろ誇るべきことなのかもしれません。
「普通」という支援
誰の助けもなく一人だけで生きていける人はいません。
誰しも人の助けが必要な場合と、人を助ける場面に遭遇します。それは障害があってもなくても同じです。
であるならば、社会に求められているのは「特別な支援」ではなく、「支援することが普通になること」ではないでしょうか。
<参考文献>
[i] 荒井裕樹/著
「個人は国家に抗うことができるのか〜『モナ・リザスプレー事件』を追う」
https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-231-22-04-g688 2022年5月6日閲覧
[ii]二階堂祐子/著 『1970年代の障害者運動における女性障害者の意識変容』
女性学 2012年 19巻 pp.89−107
[iii]TED Stella Young “I’m not your inspiration, thank you very much” 2022年5月5日閲覧
https://www.ted.com/talks/stella_young_i_m_not_your_inspiration_thank_you_very_much
[iv] 内閣府調査報告書 2022年5月5日閲覧
「障害のある当事者からのメッセージ(知ってほしいこと)の集計結果」
https://www8.cao.go.jp/shougai/kou-kei/toujisha/siryo01.html#1-02
[v] 文化庁
「令和元年度 障害者による文化芸術活動の推進に向けた全国の美術館等における実態調査」 https://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/shogaisha_bunkageijutsu/pdf/92531001_01.pdf