日本博物館協会が実施する博物館調査が全国の博物館約4,200館を対象に、2,300件あまりの回答を集計しているのに対し、本調査では、268館から81件の回答を頂きました。
日博協の調査に比較して、非常に小規模な調査でありウェブサイトの【問い合わせ】フォームからアンケート回答を依頼するという、特殊な方法をとりましたが、博物館の運営状況、課題等の実際の声を直接聞くことができたことは、非常に意義深く、貴重な情報と多くの示唆を得ることができました。
調査にご協力頂きました博物館さまには厚く御礼申し上げます。
この記事を読むと、
- ミュージアムはどんなことに困っているのか?
- アクセシビリティに関する対応度合い(概算)
- 障害種別ごとの対応可能度合い(概算)
- 障害者とのコミュニケーションに関する意識
がわかります。
本調査の背景と目的
調査の背景
2021年12月文化審議会が『博物館法制度の今後の在り方について』を公表し、その中で今後の博物館に求められる3つの使命と5つの機能の例を示しました。
<使命>
- 自然と人類に関する有形・無形の遺産等を保存(保護)し、継承する
- 資料に関する調査・研究を行い、それに基づき資料の価値を高める
- 資料を通じて学びを促し、文明や環境に関する理解を深める
<今後必要とされる機能の例>
- 交流・対話、市民による創造的活動の促進と支援
- 持続可能な未来と平和について対話・学習する機会の提供
- 地域の福祉(健康・幸福、生活の質)の向上への貢献
- 社会的包摂・相互理解・多文化共生への寄与
- 地域社会の活性化
このように、答申では従来の資料を中心とした博物館活動に加え、健康や福祉、排除や分断など社会問題への対応、地域の活性化など、非常に幅広い分野への対応を求めています。
しかしながら、公益財団法人 日本博物館協会(以下、「日博協」といいます)の調査によれば、博物館の約49%が専任かつ常勤の学芸系職員を配置しておらず、類似施設においてはこの値は約33%に低下します。更に、学芸系職員を配置していない館は、全体で16.5%、類似施設では、26%にも及んでいます(表−1)。また、日博協調査では、この他にも資料購入予算の問題、職員の雇用形態の問題、資料のデジタル化など多くの課題が指摘されました。
表―1.学芸系職員の配置状況
出処:日本博物館協会『令和元年 日本の博物館総合調査報告書』p.80 表3-2-7
尚、文化審議会の答申では、この他にも文化芸術基本法、文化観光推進法などを下敷きとした『観光』というワードが随所に盛り込まれました。社会教育施設たる博物館の役割と、文化観光施設の役割をどのように関連づけ、あるいは区分するのか、今後議論が展開されるものと思われますが、今回の調査では社会的包摂とアクセシビリティにフォーカスしたため、この部分には触れませんでした。
調査の目的
日博協の調査にみるように、博物館現状でも多くの課題を抱えている。そのような状況下にあって、審議会が求める役割、特に、福祉・健康、社会的包摂といった、従来の博物館事業では中心になかったテーマに対応することは容易ではないと推察されます。
そこで、以下の3点を中心に博物館の意見を聞き、文化審議会答申に対する課題と解決の糸口を探ることとしました。
①現状の博物館活動における資源(人材・予算・時間)は足りているか。
②現状の体制で文化審議会答申の対応が可能か。
③文化審議会の社会的包摂を実現する上で、アクセシビリティ対応の現状
本調査は、任意に抽出した300弱の博物館への依頼であり、回答も約80館と小規模なものであることから、博物館の全体像を捉えらる統計的な信頼性を求めるものではなく、アクセシビリティや社会的包摂について、個々の博物館の考えを確認することを目的としています。
調査方法と留意点
インターネットクラウドサービスGoogleフォームを用意し、各博物館のウェブサイトに設置された【問い合わせ】から、アンケート調査へのご協力を依頼しました。
対象とする館は、日本博物館協会ウェブサイト、全国美術館会議ウェブサイト、インターネットミュージアムウェブサイト、自治体ウェブサイトに情報を登録されている館から抽出しました。
本調査への回答は、下記のような条件を満たす館に限定されたものであり、統計的な偏りがあります。
<回答可能な条件>
①ウェブサイトに、【問い合わせ】フォーム、もしくはメールアドレスの記載がある館に限られる。
②セキュリティ規定を厳しく設定している館では、Googleフォームへのアクセスが禁じられているケースがあり回答の意思があっても回答できないケースがある。
実際に依頼館中2館からワード文書の送付依頼があり、メールにて対応した。
③日博協、全国美術館会議、インターネットミュージアムサイトへの登録情報が更新されていること。
<依頼できなかった館の例>
依頼に際し、約500のウェブサイトを確認しましたが、下記のようなウェブサイトも数多く存在し、結果として調査協力を依頼できたのは268館にとどまりました。①館名だけの表示で博物館の概要がわからない
②【問い合わせ】方法が、電話・FAXのみ
③【問い合わせ】が設置されていない、もしくは階層が深くたどり着けない
④館の概要、もしくは【問い合わせ】のリンク切れ
⑤問い合わせに際し何らかの書類提出を求める
⑥入力フォームの書式設定の誤りで入力できない
⑦アンケートを受け付けない旨の注記がある
依頼博物館と回答率の概要
調査を依頼した館
アンケート依頼館は、全国の都道府県の国立から個人までを対象として抽出しました。
依頼館の設置者別内訳、扱い資料別内訳は、(表ー2)(表ー3)の通りです。
表ー2.設置者別調査依頼館の内訳
表ー3.扱い資料別調査依頼館の内訳
回答館の特徴
2019年に日本博物館協会が実施した「日本の博物館総合調査」では全国の約4,200館を対象に、2,300余りの回答が集計されました。回答館の割合は、歴史・郷土博物館が62.5%、美術が23.8%となっています。本アンケートでは、歴史・郷土博物館が26.3%、美術が67.5%と、日博協調査とは逆の比率となっており、日博協調査よりも、美術館の影響が大きい集計となっています。
表−4.日博協調査回答館との比較
アンケートからわかったこと
人的資源
博物館の基本的事業に関わる10区分の業務について、人員の過不足についてお聞きしました。博物館の基本事業である展示・収集・調査研究・保存修復、教育普及において人員が不足していると回答しました。
特に教育普及事業においては、市区町村館よりも、県立館の方がその傾向が顕著でした。
文化審議会答申への対応
文化審議会答申の中で、最も対応が難しいとした回答は、⑤人材の育成でした。
背景に、Q21意見項にある、「過酷」、「非正規」というワードが深く関連していると推測されます。
①資料の保護と文化の保存・継承(「守り、受け継ぐ」):
博物館は、自然と人類に関する有形・無形の遺産を、関連する事項を含めて地域や社会から資料として収集し、損失のリスクから確実に守るとともに、調査研究によって資料の価値を高め、未来へと継承する。
②資料の展示、情報の発信と文化の共有(「わかち合う」):
博物館は、資料を系統的に展示し、デジタル化し、来場者のみならず広く情報を発信することにより、共感と共通理解を醸成するなど人びとと文化を共有する。
③地域の福祉(健康・幸福、生活の質)の向上への貢献:
博物館は、生涯学習・社会教育の拠点として、多世代の人びとへの学びの機会を提供し、現在と未来に生きる世代を育む。
④社会的包摂・相互理解・多文化共生への寄与:
博物館は、幅広い文化芸術活動をはじめ、まちづくりや福祉、国際交流、観光、産業、環境などの関連団体、関係者とつながりながら、社会や地域における様々な課題に向き合い、解決に取り組むことにより、持続可能な地球環境の維持、創造的で活力ある地域社会づくり、人びとの健康で心豊かな生活に貢献する。
⑤専門的人材の確保、持続可能な活動と経営の改善向上(「営む」):
博物館は、博物館を取り巻く幅広い業務に従事する様々な専門的人材を確保するとともに、物的、財源的な基盤を確保し、安定した経営を行うことによって持続して公益の増進を図る。また、使命の達成をめざし、評価・検証することにより、その活動と経営を改善し、価値を最大化させる。
視覚・聴覚障害者への対応
障害種別での対応可否設問では、肢体障害、聴覚障害、視覚障害とも「十分ではないかもしれないが対応可能」の回答が80%前後となりました。しかし、肢体障害では車椅子の設置が95%以上進んでいますが、筆談ボード、展示案内板は30%以下となっています。このことから、博物館は、聴覚・視覚障害への対応は、設備ではなく職員・スタッフ、つまり人の対応に依存していると考えられます。
障害者とのコミュニケーション
95%以上の館が、障害者とのコミュニケーションに関する講習や研修に参加したいと回答しました。障害者にある程度対応できるとしながらも、コミュニケーション力を高める必要性を感じていることがわかりました。